明日は大切なクライアントが
福山にやってこられます。

 今日はその準備のために、
色々と動きまわっておりました。

 その方は、私が前職の
全国広域のメンタルトレーニング会社で
働いていた時からのご縁。

退職後もご縁が切れず、
今は私のコンサルをかれこれ一年以上
受けて頂いています。

 障がいを持つ方の働く場を創り、
多くのイベントなどを企画し。
障がいを持つ本人、それを支える家族や
周りの方の大変さを理解しながら、
その上で人の持つ可能性を伝えたいと
奔走されている方です。

クライアントさんで、年上の方ですが
内心『同志』であり、『仲間』なんて
思ってしまう部分もある、とても大切な方。

 今回は福山で、
社会福祉法人を運営されて
同じく障がいを持った方の働く場を
支えておられる方と、お逢いになられに来られます。

その方も、大変素晴らしい方で。
私も一度お逢いしただけで魅了された
人への大きな理解と愛情、希望を持たれた方。

障がいを持つ方を支え、地域の人達と共に
理解の下に豊かに生きていく事を目指し、
本当に大きくて強くて暖かい意思の下
日々邁進されている方。

その方と、私のクライアントが
お逢いすることで、どんな素晴らしい
化学反応が生まれるだろう、とワクワクすると共に、
その出会いの場を完全にセッティングさせて頂く事が
私のミッションと思い、心尽くして参りました。

実は弊社の瀧野は、
障がい者の方を支えるチャリティーコンサートを
福山市で20年にわたり実施する側におりました。

小室等さんや南こうせつさんなど多くの方々と共に
人の理解を発信する事に尽力して参りました。
そんなところからの今回のご縁です。

そんな瀧野や私のクライアントと関わる事で
私が一つ教えられた事がございました。

それが標題に書きました
『この子らを世の光に』
という言葉です。

 この子ら とは誰のことをさしているか
ご存じでしょうか。
この子ら、とは知的障がいのある子ども達です。
そして、この言葉を1965年に著書で発信されたのは、
糸賀一雄さんという方です。

知的障がいがある…となれば残念ながら
蔑視する部分が社会に当時強く存在したそうです。
そんな部分を併せながら、瀧野は私に説明してくれました。

 この言葉がスゴイのは

『この子らに世の光を』
 ではなく
『この子らを世の光に』
 って事なの。

障がいを持った子ども達に
光が当たるように、ではなくて。

障がいを持った子ども達の尊厳が
皆に認められ、そんなある意味
ハンディを背負った子ども達が
可能性を発揮し、その人生を輝かせる
それこそが、全ての人と世の中を照す光になる。

その光によって、人は学び気付かされ、
更に障害を持った子ども達への理解が増して
全ての人が豊かで暮らせる社会を創ってゆく。

そんな思いが込められた素晴らしい言葉だよ、と。

 私は糸賀さんの事も、
この言葉も知らなかったけれど、
大きな衝撃を受けたことを
今でも鮮明に覚えています。

そして、人の心の側面から
人の可能性に関わるものとして、
その考えをしっかりと理解し、
この社会への真の貢献をはたしてゆきたい
と心に定めた次第です。

 そんな私の中でも根幹をなす部分を
学ぶ機会を与えてくれたクライアントが
明日福山にやってきます。

出会いは奇跡。
これまで自身が何度も実感した事。
明日、また一つの奇跡が起きます。

新しい出会いから
どんな素晴らしい未来が
創造されるんだろう…

それを考えるとワクワクして
今からたまらないのです。

糸賀一雄さん、そして
ノーマライゼーションという考え方。
興味を持たれましたら、
ぜひネットで検索してみて下さい。
大きな学びがあると思います。

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